(読み終えるまで20分)
JD時代のトモミちゃんの体験
今回も、霊感を持っていて美人な従妹『トモミちゃん』の霊体験にまつわる怪談を綴ります。
2019年頃、僕は、それを4ページの漫画にし、ツイッターに投稿しました。
まずはそれを読んでください。
『今週の陀羅 拝んだら』
トモミちゃんは大学生時代、一人暮らしをしていて、『お堂』は、その大学からマンションまでの道のりの途中あった。
このことがあってから、トモミちゃんは気味悪くなり、お堂の前は通らなくなった。
僕は、この話の裏に隠されていたある事実に気付きませんでした。
『なぜ、犯人はお堂に隠れたのか?』
その答えが分かった時、地蔵と、この犯人にまつわる、悲しく、哀れな、そして、
恐怖の事実
・・・を、知ることになる。
生と死の差
この話の怖いポイントは、『トモミちゃんが興味本位で覗き込んでしまっていたら、どうなっていただろうか?』ということである。
怪談説法で有名な三木大雲住職の話を思い出した。
住職が若い頃、後年『埼玉愛犬家連続殺人事件』の犯人となる男の経営するペットショップに客として来店し、仲良くなって、差し出された缶コーヒー3本のうち、1本を飲んだ。
実はその男は、その缶コーヒー2本には毒を入れ、1本だけ普通の缶コーヒーを差し出していた、ということを、事件が発覚したあと、犯人である男が言っていたと知人から聞き、三木住職は戦慄したという。
毒入り缶コーヒーを選ばなかったということは偶然ではなく、住職の持つ特殊な感覚の仕業なのだろうか。
ならば、トモミちゃんも特殊な感覚が、お堂を覗くことに警告を発したのかも知れない。
ほんのわずかの差で生死を分けたということだ。
疑問が1つある。
確かに、物凄く怖い体験である。
だけど、人の視線を察知する力なら、誰でもあると思う。僕も、ある。
お店などで、何気なく見た人が、相手もこっちを見ていて目が合って気まずかったようなことは、よくある。
しかも、霊感がなくったって、夜の11時にお堂を覗く行為が普通に怖い。
そんなことする奴なんていない。
つまり、誰にでもある体験なのではないだろうか?
そのことをトモミちゃんに聞いてみたら、こんな返答があった。
トモミ「まあ、そうだよね。でも、そのお堂の中から感じた視線って、ちょっと変だったんだよ。
犯人の視線でもなく、もちろんお地蔵さんの視線でもなく、他の何か・・・。」
僕「え!? 他の? 犯人の視線じゃないの? どういうこと!?」
トモミ「分かんない。その日は確か、飲み会の帰りでお酒が入ってて疲れてたし。気のせいかも・・・」
お地蔵さんでも、犯人でもない、『他の視線』?
まさか、もう1人、共犯者が隠れていたというのか?
正体は分からないが、トモミちゃんには感じた視線。
つまり、この話は、トモミちゃんにしかできない霊体験だったんだ。
ゆえに、『他の視線』の正体が必ず、ある。
答えを知るために、僕は現地へ行った。
現地へ
そこは、普通の住宅街だった。
家と家に囲まれた敷地があって、広さはコンビニの半分くらい。
その敷地の一角に、申し訳程度にお堂が建っていた。
お堂自体は木造のよくあるタイプで、大きさはジュースの自販機ほど。
正面は柵から覗くと、赤いよだれかけをつけた地蔵が1体、祀ってある。身長は120~140cmくらいで大きい部類のお地蔵さんか。
ある日の蒸し暑い午後、現地へやってきた。
当然ながら、かつ残念ながら、霊的なものは何も感じない。
でも、正直言うと、中を覗く時はちょっと怖かった。夜ならもっと怖かったと思う。
そう、『覗く』という行為は怖いのだ。
もし僕が霊能者なら、ここに来ただけで、「あ、ここは、すごい怨念が充満してます」とか言いながら、嗚咽が止まらなくなったりするんだろうけど、そんなこと全く無し。
背筋に汗が垂れるのを感じるが、これはただ気温が暑いから出てる汗だ。
現代の学歴社会が、霊感歴社会になったら、僕は落伍者だろう。・・・まあ、学歴社会でも落伍者だが。
霊感落伍者の僕ができることは、ただ、『目に見える事実』から謎を解くだけしかない。
ゆえに、目に見える事実の宝庫、図書館へ行くことにした。
そこで、事件の新聞記事を探してみた。
だいぶ前の事件なので、見つかるか半信半疑だったが、
あった。ちゃんと、載っていた。
記事は、地方版の隅の小さな面積でしか掲載されてなかった。
あまり人々の関心事ではなかったのだろう。
赤線部分に注目してほしい。
お堂(地蔵堂)は、事件現場の男の自宅から2キロ離れた場所らしい。
なぜ、わざわざそこまで行って隠れたのか。もっと見つからない場所があったと思うが・・・。
そして、記事によれば、お堂でみつかったのは、やはり犯人である男1人だけ。
『他の視線』の主でありそうな人間はいなかったということになる。
次に、このお堂について調べてみることにした。
何かの手がかりがあるかもしれない。
『xx市の民俗史』という何冊かのこの地域の記録誌があった。
そのお堂については確かに載っていた。だが、写真だけで、詳しい由来などは何も書かれていない。
漫画の資料を探す時もよくあることだが、決定的な資料はそうそう見つからないものである。
・・・しかし、ここまできたら、調べられるところまでは粘ろう。
この記録誌を編纂した『xx市 民俗編纂会』に連絡を取ってみよう。
電話をかけた。
応対してくれたのは、編纂会の委員長という男性の方だ。
仮に『ハギワラさん』としておく。
ハギワラさんの津軽弁
ハギワラ「はい」
僕「あ、『xx市 民俗編纂会』のハギワラさんでしょうか?」
ハギワラ「んだばって、どぢら様だが?」
一応確認しておくが、ここは関東圏内である。だが、明らかに、東北訛りだ。
僕は自己紹介をして、例のお堂のことを聞かせてほしい事を言った。
すると、ハギワラさんは「はい、いよ。どったごどだべが?」と、快諾してくれた。
以下、読みづらいけど方言のまま記し、不明な言葉は標準語を付ける。
僕「あのお堂は、どのような由来があるのでしょうか?」
ハギワラ「あのお堂には、xx地蔵尊ず(という)、お地蔵さんがあっでね。
幼ぐすて亡ぐなったわらすら(子供ら)の霊さ慰めるだめに、昭和40年に建でらぃだのが、xx地蔵尊だ。」
僕「以前、そのお堂に殺人犯が隠れていたという事件がありましたよね。どうして犯人はそのような行動をとったのでしょうか?」
ハギワラ「あー、そったごどがあった。あれはどってんすた(びっくりした)。・・・なすてなのが(なぜなのか)、わ(私)にはさっぱど(さっぱり)分がね。だけども、あどで警察のふと(人)がしゃべってあったんだが(言っていたんだが)、その男も青森生まぃ(生まれ)みだいで、わ(私)も青森生まぃだはんで(だから)、何が親近感があったんだ。」
僕「ああ、そうなんですか」
ハギワラ「どうも、あっぱ(妻)とつけらっと(喧嘩)が原因で、殺すてまったらすいんだがなあ・・・」
僕「他に、知っていることはありませんか?」
ハギワラ「いや、わがね(知らない)・・・」
・・・どうやらそれ以上の情報は得られないか。
諦めて電話を切ろうとしたら、ハギワラさんが話し出した。
ハギワラ「ああ、あど思い出すた。その事件があった後の・・・2年後くれだったが? お堂の土の中がら木箱が出でぎだんだよ。地蔵を管理すてら(している)”〇〇さん”という方が見づげだのよ。」
僕「え? そんなことがあったんですか?」
ハギワラ「そったものだぃも(そんなもの誰も)埋めだ者などいねす、一体なんなんだびょんかって(なんなんだろうかって)、みんな、いぶがってな。」
僕「その箱の中身は何だったんですか?」
ハギワラ「箱の中には透明な袋さ入ってあってね。その袋開げでみだっきゃ、驚いだよ」
僕「あ、あの、何が入ってたんですか?」
僕は唾を飲み込んだ。
その時、電話の奥から誰かの声がした。ハギワラさんは「あ? 何?」と返事をしている。
奥で誰かが怒鳴っている。
ハギワラ「だはんで豆腐はやめどげってしゃべったびょんが!」
ハギワラ「・・・あ、もすもす、ああ、すまねね。家内がわんつかの(ちょっとね)・・・。ああ、と、何の話であったがの」
僕「あ、透明な袋には何が入っていたのかです。すみません、忙しいところ・・・」
僕は、一瞬、豆腐がどうかしたのか、聞きたい衝動にかられたが、やめた。
ハギワラ「ああ、そうそう、その袋にはの、写真ど、あど、ジャンボが入っていでね」
僕「写真と、何ですか? ・・・ジャンボ?」
ハギワラ「んだ。ジャンボ。・・・ほんに一体なんなんだびょんかって、みんなに見へでも(見せても)、だぃも(誰も)分がらねでの。ばって(けど)、その中の1人が、『もすかすたっきゃ(もしかしたら)、例の事件ど関係があるんじゃねえの?』ってしゃべるわげさ。だはんで(だから)、あんます勝手にいずぐっちゃ(いじくっちゃ)具合わりびょん(悪いだろう)っての。だはんで、警察持ってったの」
僕「すみません、『ジャンボ』って何でしょうか?」
ハギワラ「さすね!(うるさい!) 今、電話中だろが!」
どうやらまた奥さんに怒っているらしい。
おそらく『大きい』という意味ではないだろう。青森の方言だろうか。
電話が切られそうな予感がしたので、『ジャンボ』はあとで調べるとして、もうひとつ質問した。
僕「お取込み中、すみません、最後にもうひとつ確認したいのですが、幼くして亡くなった子供たちのために建てた地蔵様ということですが、どうやって亡くなった子供たちですか? 災害か何かですか?」
ハギワラ「災害どいえば災害すたばって・・・、この辺りは昔がら水害多ぐで、凶作続いで、餓死する者が大変多ぐで。その・・・ジニゲースの犠牲になったんだよ」
僕「?・・・はい? 何の犠牲ですか?」
ハギワラ「そったもの、食えるはずがねびょんが!!」
また電話の向こうに怒っている。こちらの質問はもはや聞いていない。
ハギワラ「せばだば、忙すいはんで(忙しいので)、電話ぎるじゃ」
僕「あ、ちょっ・・・、あ、ありがとうございました」
収穫はあった。かなりの情報を得られた。
だが、肝心の部分が聞けなかった。
あとはネットに頼ろう。
『ジャンボ』
予想通り青森県の方言だった。『髪の毛』を意味するらしい。
透明な袋に入った写真と髪の毛とは・・・。
『ジニゲース』
これについては、1つも検索結果に引っかからない。よほどローカルで、特別な言葉なのか。
ハギワラさんは、子供たちは『ジニゲースの犠牲になった』と言っていた。
犠牲になった、ということは、やはり何か災害の方言だろうか。
それとも別の何か・・・
とりあえず、警察の鑑定結果を聞いたハギワラさんの話をまとめる。
・木箱は、よくある市販のもので、発見から1~2年前に埋められたものである。
・髪の毛は、3~7歳の子供のものである。
・写真の被写体は、3歳くらいの男の子が1人で衣装を着て写っている。おそらく七五三の記念写真ではないかと思われる。
木箱がみつかったのは、事件から2年後くらいと言っていたから、埋めた時期が、犯人が隠れた時期と一致する。
これらは、例の事件と関連があるのだろうか。
つまり、犯人が埋めたものという可能性もある。
事件に関係する重要な証拠だから埋めて隠したのだろうか。
それとも、地蔵堂に埋めたということは、信仰的な何かなのだろうか。
自宅で考えをめぐらしていた時、ふと思った。
そもそも、お地蔵さんって、何なんだろう?
ネットを検索すると、魔よけの意味があるとか、弥勒菩薩の代わりであるとか、二十八種利益があるとか、ちょっと的を得ない。
ただ気になったのは、『赤ん坊や子供を守る』というワードが出てくること。
木箱に入っていた髪の毛は子供のものであったということと、何か関係があるのだろうか。
ChatGPTにも質問してみた。
Q:お地蔵様は何の意味がありますか?
A:お地蔵様は、特に亡くなった子供たちの霊を守り、安らかに成仏させる役割を担っています。子供の亡くなった家庭や、未熟児や流産した赤ちゃんを祈りながら供養するために、お地蔵様を信仰することが一般的です。
ChatGPTがいちばん欲しい回答をくれた。
お地蔵さんは、どうやら『子供の守護神』のような意味もあるようだ。
・・・どうやらネット検索では限界がある。
こうなれば、『あの人』に聞いてみるか・・・。
ある雑誌の編集者で、以前、挿絵の仕事をしていた時に知り合った。
ちょっと特殊なキャラクターをしていて、『民俗学』にやたら詳しい男。
仮に『マエダさん』としておく。
変な人:マエダさんの登場
さすがにメールでは難しいと考え、電話することにした。
マエダさんは電話に出るなり、「どもども、クルスしゃん!」と、いつもの感じだ。
僕は今回の経緯と、得た情報を話し、地蔵とは何なのかを聞いてみた。
すると、地蔵の話から仏教の歴史を語り、チベットに飛んだり、阿闍梨が何だとか、だいぶいらない知識の話が延々と続いた。
・・・マエダさんは、何というか、話のテンポが遅く、無駄話が多いと言うか、とにかくやたら長い。
毎回のことなので予想はしていた。だから電話では聞きたくなかった。無駄と思われる時間だけが流れた。
やがて、一通り話し終えた後、マエダさんから質問された。
マエダ「その犯人の出身地は分かりましゅか?」
僕「ん? 出身地?」
一瞬、戸惑ったが、思い出した。
僕「・・・あ! えーと、確か、民俗編纂会のハギワラさんが『犯人も自分と同じ青森出身だから親近感があった』って言ってました。きっと警察から聞いたんでしょう」
マエダ「青森・・・・・・」
僕「どうかしました?」
マエダ「なるほどでしゅね・・・
クルスしゃん、『間引き』って分かりましゅか?」
僕「マビキ?」
マエダ「『ぼっけえ、きょうてえ』読んでましゅよね?」
僕「ん? 岩井志麻子の? 読みましたよ」
マエダ「あれに出てくるでしょ」
僕「あ、間引き! 確か、産婆さんが間引き業をやってるっていう・・・」
岩井 志麻子著『ぼっけえ、きょうてえ』は、めちゃくちゃ怖い話だったからよく覚えている。
僕「でも、詳しいことは知らないですよ。間引きって何なんですか?」
マエダ「間引きというのは、農作物を育てるときに、不良なものを引き抜いて、生長の良いものは残してよりよく育てることでしゅ。
でも、ここで言う間引きというのは、明治時代頃まであったんでしゅが、貧困や災害時に、育てることができない赤ん坊を殺すことでしゅ。そうやって生きている人間を生きながらえるための手段として」
『ぼっけえ、きょうてえ』でも、そのような内容があった。
僕「そんなことが実際にあったんですか・・・?」
マエダ「でしゅでしゅ。・・・あとは、例えば、都合の悪い妊娠があるでしょ。その時に・・・堕胎でしゅね。胎児を堕ろすんでしゅ。今で言えば不倫相手の子供を身籠ったり、遊び半分でデキちゃったなんて時は、堕胎専門の産婆さんがいて、極秘に堕してもらってたんでしゅよ。
昔は・・・その・・・うひひ、”せっくしゅ”の他に娯楽なんてないし、避妊の方法はおまじないみたいな非科学的な方法しかなかった時代でしゅからね。子供はすぐデキちゃうから、デキたら堕ろす、を繰り返してたんでしゅ」
僕「本当ですか、それ・・・」
マエダ「昔はひどい時代だったでしゅよ、避妊の方法は。例えば、腹にお灸をすえたり、酢を飲んだり・・・あと、ごぼうを陰部に突っ込んだり」
僕「マジですか・・・」
マエダ「でしゅでしゅ。ちなみに、不倫による堕胎はその時代も隠すべき背徳行為なんでしゅが、ちゃんとした夫婦・家族の中での『間引き』は、公然と認められていた行為で、文化だったんでしゅよ。『古事記』に登場するヒルコというのは、間引きによって捨てられた子という設定でしゅし。現代との倫理観の相違でしゅね」
そんな時代があったことは驚きだ。
僕「あ、ところで、その間引きが、何か・・・?」
マエダ「そうそう。そのハギワラしゃんが言った『ジニゲース』。それって、『ヂ二ゲエス』でしゅ。伸ばし棒じゃなく、ゲ、エ、ス。確か東北地方で、間引きのことをそう呼ぶ地域があったはずでしゅ」
僕「え!? 間引きのこと??」
マエダ「でしゅでしゅ。漢字で書くと、地面の『地』に『返す』。それがなまって『ぢにげえす』でしゅ。意味は、生まれた子供を『地の神にお返しする』ってことでしゅ。
子供の生命は地面から湧いて授かるっていう信仰感があったみたいでしゅね。
どうしてそんな呼び名を付けたかといえば、やはり子供を殺すという行為の罪悪感があるから、自分で納得するために、殺すんじゃなく、地の神にお返ししゅるんだと、そしてまた輪廻転生しゅるんだと信じたわけでしゅよ」
僕「あ・・・ということは、あのお堂の地蔵の由来は・・・間引きで亡くなった子供の供養のため・・・」
マエダ「でしゅでしゅ。
”水害により凶作が続いて餓死者が出るほどになった時、働ける者を生かしゅために『ヂニゲエス』・・・つまり『間引き』によって犠牲になった子供らの霊を慰めるために建てられた”」
僕「つながった・・・。
・・・ということは、木箱は・・・」
マエダ「でしゅ。亡くなった子供を供養するために、誰かが埋めたんでしゅうね。
髪の毛っていうのは、霊が宿りやすいんでしゅよ。なぜなら半永久的に腐らないから。・・・ほら、ピラミッドのミイラに髪の毛だけひょろひょろって、残ってるでしょ。数千年前のミイラなのに」
これで、お堂の地蔵の由来と、木箱が埋めてあった理由は分かった。
そこで、3つの問題を考えてみる。
①犯人はなぜ、お堂に隠れたのか?
②木箱の中身(子供の髪の毛と写真)と事件の関連性はあるか?
③トモミちゃんが感じた『他の視線』の正体とは?
謎を解く
僕「マエダさん、この問題について、どう思います? 3つの問題は、関連性があるのか、それとも、無関係なのか・・・」
マエダ「クルスしゃん、これは関連性があるって考えた方が自然なんじゃないでしゅか? ちょっと仮説を考えてみましゅ。
いいでしゅか・・・犯人と被害者である妻との間に、子供がいたと仮定しましゅ。待望の子供でしゅ。でもその子は3歳の七五三のお祝いを終えたあと、事故か病気かで死んでしまった。
その後、妻と何かのトラブルがあり、妻を殺してしまった。もしかしたらそれは、子供の死が要因なのかも知れないでしゅ。
犯人の故郷・青森では、幼い子供が亡くなったら、墓ではなく、地蔵を建てて、霊魂を供養する風習が当たり前だったでしゅ。
犯人はその風習に習い、我が子の霊魂の供養のために、髪の毛と七五三の写真を木箱に入れ、お堂の地面に埋め、一晩中、そこにいた・・・」
僕「・・・とすると、トモミちゃんの感じた『他の視線』というのは・・・」
マエダ「その子供の霊の視線でしゅね」
守護神か ただの石か
実に悲しい話だ。
往々にして、事件の裏には悲しく切なく、いかんともしがたい状況がある。
だが、この事件には子を想う父親の慈悲がある。
きっとその想いにお地蔵さんも、子供の霊魂も安らかだろう。
後日、改めてそのお堂に行った。
僕は手を合わせ、追善を祈った。
僕は地蔵信仰が無いから普段気にもとめないが、お地蔵さんって意識して近所を歩くと、けっこうたくさんある。
そのお地蔵さん1体1体に、人は、何かの思いを込めている。
そう考えた時、お地蔵さんは、常に孤独な身の上にありながら、そんな人々の願いを一身に受け止めて、雨の日も風の日も、ただただ立ち続けている。
ゆえに、お地蔵さんは、ただの石ではないのだろう。
手を合わせながら、僕はそんなことを考えていた。
そして、今回とてもいい取材となり、知識も増え、物語として形にできそうなことの感謝も込めた・・・・・
そうだ。トモミちゃんに今回の調査結果を伝えなくては。
その場で、電話した。
一連の流れと結論の仮説を説明すると、トモミちゃんは言った。
トモミ「う~ん・・・、犯人の子供の視線・・・・・・、なんかちょっと違うかも」
僕「え? 違う?」
トモミ「うん」
僕「・・・まじか・・・。ってことは、仮説が間違ってるってことか・・・」
トモミ「ううん、じゃなくて、その仮説は合ってるかもしれない。私には分からないけど・・・
そうじゃなくて、雰囲気? その仮説は、いい話じゃない?」
僕「そう。悲しいけど、救いのある話だよ」
トモミ「そこだよね。・・・もっと・・・なんて言うか・・・黒いものだった。怨念っていうのかな」
僕「お、お、怨念??」
トモミ「うん」
僕「じゃあ、その子供はそんな怨念を持っているってこと??」
トモミ「どうかな・・・その子がどうかは分からない・・・・・・
・・・でも、私の感じたもうひとつの視線っていうのは、1つといえば1つなんだけど、もっとたくさんの・・・固まりっていう感じ?」
僕「1つじゃない!? 固まり!? 怨念!? え・・・それって・・・・・・・・・・・」
僕は、嫌な予感がした。
ゆっくりと、後ろにあるお堂を見た。
100年以上も前に、大人たちによって間引きの犠牲になった無数の子供達。
その霊魂は、安らかに眠ってなんかいない。
今もなお、この世に怨みを残し、この中で黒い固まりとなって充満している・・・
トモミ「もうやめたほうがいいと思うよ、その調査。子供の霊って純粋なだけに怖いから。誰にもどうすることもできないから・・・」
アゲハチョウが優雅にお堂の前を通り過ぎ、横の花壇ではミツバチが花の蜜に酔いしれている。
ここは閑静な住宅街の一角で、車の走る音も聞こえない。
お堂は、昼間の陽光を受けながらも、柵の中の空間だけは暗闇を保有している。
その暗闇の中で、うっすらと地蔵が笑っていた。
僕は電話を切り、足早にそのお堂から立ち去った。
《終》
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