1:叔父さんのビデオテープ -2(完)

怪談

(読み終えるまで10分)

2度目の取材

この日は雨が降っていた。

トモミちゃんに、前回から3年ぶりの再会。
場所は、前回と同じファミレス。
今回は、「ふうーん、そんなこともあるんだね」でおなじみの友人は、都合が悪く、やむをえず僕1人で会いに行った。

この日、トモミちゃんはあまり時間が取れないと言った。
今日、10歳の娘が学校で骨折して、さっき病院へ行って帰宅したところだという。
僕は、「そんなことがあったなら今日はやめよう。別にいつでもいいことだから」と言ったけど、トモミちゃんは「1時間なら大丈夫」と言ってくれた。

僕は、例のビデオの中身は何の映画だったのか、それだけ聞いて帰ることにした。
「いやあ、なぜか気になっちゃって。僕の好きな映画だったら嬉しいなって思ってさ」

すると、トモミちゃんの顔色が変わった。
「あー、それかあ・・・」
そして、周囲をキョロキョロと見渡した。
「まあ、いいか・・・昔の事だし」
「ええと、どこから話せばいいか・・・」

この時点で、僕はなんとなく察した。
ただ単純に映画のタイトルを聞くだけでは済まない『何か』が、ある。

以下、トモミちゃんの話が始まる。

コレクションの遺品

それは、叔父さんの四十九日法要の日。
家族で叔父さんの家へ行った。
他の親族も来ていた。

いまだに意気消沈している叔母さんも、皆が集まってくれて嬉しそうだった。

法要を一通り済ました後、叔母さんが言った。
「主人が集めた物置いっぱいのビデオテープを、処分したい」

どうやら、それがあると叔父さんを思い出し、辛いらしい。
また、叔母さん自体は映画に興味はないから、必要ないものだということだ。

だが、いくら必要ないとはいえ、叔父さんの宝物であろうコレクションを、水曜日にゴミとして処分する気にはなれない。
なので、叔父さんの弟であるトモミちゃんの父親が、一旦引き取ることになった。

ビデオテープの数、およそ500本。

今でこそ、サブスクによりスマホ1台で数百本の映画が観られるが、このVHS(家庭用ビデオテープ)時代は、分厚いテープの保管はとても幅をとった。

トモミちゃんの父が自宅に持って帰った大量の段ボールに詰まったビデオテープを手にとって見てみると、チャップリンのモノクロ映画から、最新の映画にいたるまで、ジャンルも多岐にわたり、名作からB級もの、実に多彩なコレクションだった。
販売されていた映画ビデオと、おそらく自分でテレビから録画したビデオが半々くらいで混じっている。

驚いたのは、録画したVHSのラベルに書かれたタイトルが、実に丁寧に書かれていたこと。
それは、映画タイトルロゴをそのまま模写してあり、芸術品といってもいいほどだった。
叔父さんは本当に映画好きであったことがよく分かった。

ただ、トモミちゃん自身も、さほど映画好きというわけではないため、それらのコレクションを再生することはなかった。

その数日後のこと。

叔母さんから連絡があった。

もう1本、ビデオテープがあった、と。

それこそが、あの夜、勝手に再生されたビデオデッキの中にあったテープ。

叔母さんも、ずっと忘れていて、デッキの中に入りっぱなしだったのだ。

父が、そのビデオテープを引き取りに行った。
そして、父が戻ってきて、そのビデオテープを見た時、トモミちゃんは、変だな、と思った。

それは録画用のVHSなのだが、
ラベルが無く、丁寧なタイトルが書かれていない。
500本のコレクションの中で、ラベルが無いのは、たったそれ1本だけ。

父親は何とも思ってないようだが、トモミちゃんは、そのテープを見て、胸騒ぎのような、悪寒のような、つまりは霊感が働いた。

コレクションを1本も再生しなかったトモミちゃんだが、
「それだけは絶対に再生しなくてはならない」
という衝動にかられた。

中身が何の映画なのか、知らなくてはならない。

そして、確かめるなら、絶対に1人で観なければならない。

再生

自室にテープを持って行き、テレビデオ(テレビが一体となったビデオデッキ)に挿入した。

再生ボタンを押した手は、なぜだか震えが止まらない。

「キュイイイイイイイイン」
あの時と同じ音がした。

そこに、録画されていたものは・・・・・・

いきなり、どこかの部屋が映った。
映像は粗く、ノイズが走っている。
誰かが、ベッドの上で寝ている。
それを足元の方から映している。

画面の右上に、タイムカウンターが秒を刻んでいる。

あ・・・これは、映画じゃない。

誰かが、ビデオカメラで撮影した映像だ。

ずっとノイズが走っている。
そして、無音。
音量を上げても、無音。

何の映像なんだろう?
トモミちゃんは、震える目で、映像の隅々まで、見てみた。

ふと、ベッドの横の壁を、目を凝らして見た時、ゾクッとした。

それは、映画『タクシードライバー』のポスターだ。
あの葬儀前夜に観たポスターと同じだ。

そっか。この部屋は、叔父さんが生前に療養していて、そして、叔父さんの遺体が横たわっていたあの仏間だ。仏壇側は映ってないけど。
ということは、ベッドに寝ているのは叔父さん?

映像は、カメラ位置が動かないままで、じっと撮影されている。
蠅が、画面を高速で横切る。

やがて、襖(ふすま)が開き、人が入ってきた。
あ、叔母さんだ。
手にお盆のようなものを持っている。
ベッドへ近づく。

叔母さんが寝たきりの叔父さんの看病をしていたことは聞いていた。

ああ、この映像は、それを記録したものなんだ。

叔母さんが、ベッドの背もたれを上げたので、寝ている人の顔が見えた。やっぱり、叔父さんだった。ちょっと安心した。
叔父さんは、力が入らないのか、動きは弱々しい。

そして、薬のようなものを叔父さんの口元へ運ぶ。
次に、水の入ったコップを叔父さんの手に渡す。
その時、叔父さんはうまくコップを持てず、コップごと床に落としてしまった。

畳に水が飛び散った。

次の映像に、トモミちゃんは目をみはった。
叔母さんが、一度、頭をかかえ、うつむいたとおもったら、次の瞬間、
叔父さんの顔を素手で殴り出したのだ。

何度も何度も何度も。
バシン! バシン! バシン!
音はないが、かなり本気で殴っているのが分かる。
叔父さんはほとんど抵抗せず、殴られたまま。
叔父さんは鼻から血が出た。

次に、叔母さんはお盆にあった果物ナイフを持ち、振るい上げた。

トモミちゃんが、あっ! と思ったその時、叔母さんは、しゃがみ込み、水のこぼれた畳にナイフを突き刺し始めた。
ザクザクザクザク!

次に、起き上がり、壁に貼ってある「タクシードライバー」のポスターの男の顔を、ナイフでメチャクチャに突き刺し始めた。
ドス!ドス!ドス!
叔母さんはまるで気がふれたように髪を振り乱している。

そのあと、再びしゃがみ込み、顔を手でおおって、肩でむせび泣いている。

ここで、映像は終わる。

トモミちゃんの見解

状況から考えるに、叔父さんが隠しカメラで撮影したものだろう。

トモミちゃんが葬儀前夜に、あの仏間で見た光景。
毛羽立っている畳。
主役の男の顔が破れてセロテーブで補強してあったポスター。
その理由が分かった。

だが、トモミちゃんがその映像で観たという叔母さんの様子が、僕がイメージしていた人物像と全く違う。

トモミちゃんの見解は、
「叔父さんは、叔母さんに暴力を振るわれていた。だから、その証拠を撮影したんだよ」

僕は、まさかと思った。
それを知ってほしくて、告発のような感覚で、撮影したってこと?

トモミちゃん「違う違う。2人は仲良しだったから、そんな理由じゃないよ!」
「それより、叔母さんの看護に感謝しているから、誰かに見てほしかったんじゃないかな。」

つまり、叔父さんは、
最愛の妻に対しては、何をされても感謝している。
ましてや、大変な看護をしてくれていたわけだから、精神的な辛さから暴力を振るってしまったことくらい、どうってことない・・・
そういう事?

いつの間にか、1時間が経ってしまった。

腑に落ちない点はあるが、もう今日は質問している時間はない。

この話は、『少し怖くて、ちょい感動話』として、成立させればいいのかな。
うむ。それならそれで、面白いかも知れない。


ファミレスの駐車場に出た。
別れ間際に、今度また別の話を聞かせてと頼んだら、「いつでもいいよ」と言ってくれた。
「じゃあ。また連絡するよ」

空は灰色のハンマートーンで、まだ雨は降り続いている。
でも、僕はワクワクしていた。
帰ったら、今日の話をさっそくプロットに書き起こそう。
来た甲斐があった。

僕は、トモミちゃんにお礼を言って、車のドアを開

「あ、あと、あのビデオにね」

・・・車のドアを開けた時、トモミちゃんが、背後から話し出した。

トモミちゃんは周囲を気にして、傘で隠れるようにしながら小声で言った。

「・・・あのビデオにね、叔母さんが叔父さんを殴ってたって言ったでしょ? あの時、画面に近づいてよく見てみると、叔父さんが、叔母さんの方へ向いて、何かを喋っているみたいだったの。
映像は粗いし、音声も無いから分からないけど、口の動きをスローでよく見てみると・・・」

「こ、ろ、し、て、く、れ・・・って、言ってた」

僕「えっ!??」

トモミちゃんは続ける。
「だから、叔父さんのことは、叔母さんが殺したんだと思う」

こびりつく映像

要約すると・・・
叔父さんは、叔母さんのことを想うあまり、自分を殺して看護の辛さから解放され、楽になってほしい。

そして、叔母さんはそれに従い、叔父さんを殺した・・・・・・。

もしそれが本当なら、夫婦愛だろうと何愛だろうと、そして、どんなに看護が辛かろうと、殺人罪になる。

考えてみてほしい。
知り合いが人を殺したという話を聞いたら、何をするのが正解なのだろうか。

僕とその叔母さんとは、4親等の親族という直接の血のつながりは無いし、会ったことも無いが、全くの他人ではない。


自分の親族が、殺人を犯している。
それを知ってしまったということは、同じ罪悪を背負ったことにならないか・・・。

殺人罪について検索してみると、「同意殺人罪」というものがあった。
「同意殺人罪」とは、被害者の承諾を得て、または頼まれて殺すこと。
刑罰は、6カ月以上7年以下の懲役または禁錮で、時効は10年。
叔父さんが「殺して」と頼んだのであれば、「同意殺人罪」にあてはまるのではないか。
そして、この話は1990年のことだがら、30年以上経っており、すでに時効が成立する。

・・・いや、問題は法律のことじゃない。
理論の善悪ではない。

・・・もう、考えたくない・・・。

そうだ、これは麗しい夫婦愛の話なんだ。
正しいとか悪いとか、本人以外が関与することじゃないんだ。
僕に真相が分かるはずないんだし・・・・・・

帰り道、車を運転しながら、自分を納得させたり、疑問を提示したりを繰り返した。
帰宅してからも嫌な想像が頭から離れない。

夫婦愛だとしたら、なぜ隠しカメラで記録する必要がある?

もしも、叔母に明確な悪意があって、その証拠を叔父さんが録画したものだとしたら・・・

叔母さんの殴っているときの歪んだ顔の映像のイメージが、頭にこびりついて離れない。

一体どうやって殺したのか? 証拠が残らない殺し方があるのだろうか。

葬儀前夜、その場にいた全員が体験したあの出来事。
勝手に再生されたビデオテープ。

叔父さんは、『俺を殺したのはこいつだ』と皆に教えたかったのか。

叔母さんは、涙を流しながら、ハンカチの裏では、ほくそ笑んでいたのか。

・・・あれ? そういえば、そのビデオテープは、今どこにあるのだろう?


トモミちゃんは中身を確認した後、どうしたのだろう?
その所在について言わなかった。

処分したのか。

それとも、

30年たった今も、
どこかに保管しているのだろうか。

《終》

コメント

タイトルとURLをコピーしました